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本とのこと

本と映画と音楽の話。

【読書感想】又吉直樹「夜を乗り越える」が教えてくれた文学のおもしろさ

机の上に置いた又吉直樹「夜を乗り越える」の写真

又吉直樹さん初の新書が出た!とずらっと駅の本屋に平積みにされていたので「これは!」と思ってすぐ購入した。ちなみに「火花」はまだ読んでない。読みたいけど単行本は大きくて重くて読みづらいから買ってない。

知りたかった又吉直樹の情報が載っている

だけど芸人であり作家であり読書家である又吉さんの存在はずっと気になっていた。この人はどんなことを考えているんだろうとかどんな本を読んでいるんだろうと。それは「火花」が売れ始めてからというより「ピース」として売れ始めて「めっちゃ本を読む人」ということを知ってからずっと気になっていた。

この本の目次を見ると、そんな自分にとっては「これこそ読みたかった又吉直樹の本や〜」と思った。それは本との出会い、文章を書き始めたきっかけ、なぜ本を読むのか、なぜ太宰治か、なぜ文学を読むのか、といったものでまさに僕が知りたかった又吉直樹についての情報だった。

この本を読んで印象に残った部分

例えば、「精神内部で違った方向に進む力と力がぶつかり合う状態」という文章を、「葛藤」という単語に置きかえると文字数を大幅に削ることができます。内容を変えずに文章を短くできた時の感動は、テトリスでずっと待っていた長い棒がようやくきた時と同じような快感をもたらします。

 (第2章 創作について—『火花』まで p61)

400字のコラムのために文章を書き上げると800字になったり1600字になったりする。その時に言い回しを変えたり文章を圧縮したりする作業を又吉さんはこのように表現している。文章を短くすることに「快感」とまで感じられるのは本当に文章を書くのが好きだからこそだと思う。人に読んでもらえる良い文章を書くためにはいかに簡潔にまとめられるかが大事だと思う。自分も文章を書き始めるとだらだらと長くなってしまいがち。仕事だと短くする努力をするんだけどブログだとなかなかその努力ができずにそのままにしてしまうんだよよねー。

「カキフライがないなら来なかった」

(第2章 創作について—『火花』まで p70)

これは又吉さんが始めて出した本(作家のせきしろさんとの共著)のタイトル。自由律俳句というものの本らしい。自由律俳句とは俳句や短歌のような文字数の縛りがない、この本のタイトルのような俳句のことらしい。この短い文章だけでいろいろ状況を想像してしまってクスッとなってしまう。すごく芸人らしいしすごくセンスがあると思う。テレビで芸人がやってる大喜利に近い感じなのかなと思った。これのほかにはどんなものがあるのかすごく気になる。

世の中のランキング一位が僕の一位ではない。一番売れた本が僕の一番好きではない。

(第2章 創作について—『火花』まで p98)

フレデリックというバンドのライブに行った翌日にこの本を読んでいて、前日にボーカルが「ナンバーワンではなくてオンリーワンになりたい」 という言葉を何度も繰り返していて頭に残っていた。その状態でこの文章が出てきたからちょっとはっとした。みんなの言いたいことって重なるもんだなーと。本一冊ってかなりの文字数があるからその中の主張って重なる部分いっぱい出てくるよなってたくさん本を読むようになって気づいた。

すみません。途中から電化製品に喩えるのが気持ちよくなってしまいました。

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p119 )

 文章を書きはじめる前ってすごく大変な作業な気がしてなかなか書きはじめられないんだけど、書きはじめたら書きはじめたでどんどん進んで気持ちよくなったりする。

複雑なことを複雑なまま理解できた時の方がよりおもしろい

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p127)

 最初に読んだときは文字が小さく感じて難しくて読むことができなかった本も、他の本を百冊ぐらい読んでからまた挑戦してみると難しい言い回しや本を読むことに慣れてすらすら読むことができて「おお、読めるぞ!」と興奮したという話。僕はまだはっきりとこういう体験はしてないけどこのレベルになると読書が楽しくて仕方ないんだろうなというのがすごくわかる。

生きていくことは面倒くさい。答えがありません。本はそのことを教えてくれます。答えがないことを学ぶことができます。その時の主人公の迷いや葛藤、その末の判断を知ることができます。

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p137)

学生の頃や社会人になったばかりの頃って、「何が正解か」を求めて行動していた。だけど社会に出て仕事をしていると「この世には正解がないことばっかりだ」と気づく。正解を選ぶのではなくて「どうするのがより良いか」 ということを考えて行動するようになる。正解も不正解もないから自分だけの考えで決断をするのは不安になる。本はそんな生きていくうえで迫られるたくさんの判断のヒントを与えてくれる。

親に同じようなことを言われても、「やかましいわ」で終わってしまうようなことも、小説、文学を通じて、物語を読んできた末に出会った言葉にグッときた経験は、みんな一度は体験していると思います。

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p143)

例えば子供が親から「友達は大事にしなさい」と言われても「はいはい」で終わるけど映画や漫画や本を通じて熱いドラマを見せられた末にそのメッセージが伝わってくると「うおお」となる。やはり人は感動で動くのだ。

例えばある男が女の子とデートに行きました。デートの後、男は「あいつ、全然おもろなかった」と言います。いや、お前がおもろないんやろ。お前がおもしろくせえよ、と思うんです。もし男が百パーセントおもしろかったら、相手も楽しんだだろうし、それに応えておもしろいことが言えたかもしれない。

何もせずに受け身ではおもしろいと思えるわけがありません。本にもそれにちょっと似たところがあるんじゃないかなと思います。

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p159)

対象を変えるのではなく、自分を変える。これはデートや本だけじゃなくて、人間関係にしても仕事にしても言えると思う。「つまらない」と言って簡単に切り捨てたり逃げたりする人の人生はきっとずっとつまらない。どう見ればおもしろいか、どう接すればおもしろいかをいつも考えられる人の人生はきっとずっと豊かだ。

いつ読んでも違う味がする。それが読書の大きな魅力のひとつです。

(第3章 なぜ本を読むのか—本の魅力 p160)

若い頃に読んだ本を年をとってからもう一度読むと、同じ本なのにその間に読んだ本や経験でひっかかる部分が全然違ったり、新しい発見があったりするということ。同じ本を再読することって今までほとんどしたことがなかったので、何年も前に読んだ本をもう一度読んでみると今の自分はどう感じるのか試してみたくなった。

よく会話の中で「その場にいたらおもしろかったんだけど、説明はできない」という言葉を聞きます。作家にそんな言い訳は許されません。その場にいた感動を言葉で伝えないといけない。

(第4章 僕と太宰治 p171)

これは作家の仕事というものがすごくわかりやすく伝わる例えだと思った。文字だけで状況や情景や心情の全てを読者に伝えなくてはいけない。とても難しい仕事だ。

死にたくなるほど苦しい夜には、これは次に楽しいことがある時までのフリなのだと信じるようにしている。のどが渇いている時のほうが、水は美味い。忙しい時の方が、休日が嬉しい。苦しい人生の方がたとえ一瞬だとしても、誰よりも重みのある幸福感を感受できると信じている。

(第4章 僕と太宰治 p195)

幸せって折れ線グラフでいうと数値が低いところから高い部分に上がる部分のその瞬間ことをいうんだと思う。そこの高低差が高いとより幸せ。だから上がった数値が高い部分がそのまま続いていくとそれは幸せではなくなる。数値が下がったらまた上がりやすいから幸せを感じやすいし上がったらそれ以上上がりにくいから幸せを感じなくなる。

あっちゃんのプレゼンは完成度が高くて爆発的な笑いを起こします。あれをできるやつはいません。失敗して笑うんじゃなくて、すごすぎて笑う。

(第5章 なぜ近代文学を読むのか—答えは自分の中にしかない p219)

オリエンタルラジオのあっちゃんの話。 あっちゃんの笑いってほんとこれだと思う。今のパーフェクトヒューマンを始めて見た時がまさにこれだった。「何を見せられているんだおれは」って気分になってなぜかめっちゃ笑った。すごすぎると人は笑うんだな。

駄目な男と頑張る女。いろいろあった末に最後ふたりが食べているシーンで終わります。このシーンが好きなんです。説明などないのに風景に説得力がある。これが小説の力だと思いました。

(第5章 なぜ近代文学を読むのか—答えは自分の中にしかない p223)

織田作之助『夫婦善哉』の最後のシーン。僕にとって小説の一番最後のシーンって一番大切な場所です。そこがぐっとくると「この小説は最高だった」って思う。読んだ後もずっと余韻が残ってずっと心地いい感じ。僕はいつもこの感覚を求めて小説を読んでる。

キリスト教と仏教は、みんな平等とか世界平和とか、基本的には共通することが多いのに、なぜかそれぞれ宗教が分かれていて、お互いが反発しているように見えました。キリストという人とお釈迦様がたまたまどこかで会ってしゃべったら、絶対喧嘩にならないと思いました。

(第6章 なぜ現代文学を読むのか—夜を乗り越える p235)

遠藤秀作『沈黙』に関する話。又吉さんはクリスチャンの家庭で育ったらしい。 キリストとお釈迦様が会ってしゃべるという発想がおもしろかった。RADWIMPSの曲で神様と仏様は喧嘩していたけどキリストとお釈迦様はどうだろう。

まとめ:又吉直樹は熱い

 この本を通して又吉直樹さんはすごく熱い人だということがわかった。見た目から伝わってくる物静かで冷めた感じのイメージと全然違った。この本では芸人という仕事に関しても、作家という仕事に対しても、本を読むという行為に対してもすごく熱を持って語ってくれているので僕と同じイメージを持っている人は又吉さんに対するイメージ変わるかもしれない。

この本の後半では又吉さんがおすすめする近代文学や現代文学の作者と本が紹介されていてその部分が特におすすめ。文学なんてほとんど読みたいと思ったことなかったけどこの人が熱く紹介してくれる文章を読むとどの本もすごくおもしろそうに思えて全部読みたくなった。

この本は又吉直樹さんのことを知りたい人、本が好きな人、文学にちょっと興味があるけど手が出せない人などなどにおすすめです。当てはまる人はぜひどうぞ。