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【読書感想】伊坂幸太郎エッセイ集「3652」は伊坂幸太郎熱を再燃させる

机の上に置いた伊坂幸太郎「3652」の写真

伊坂幸太郎さんの小説が好きだ。小説を読み始めたのも伊坂さんの本がきっかけだった。 

伊坂幸太郎さんの本を好きになったきっかけ

社会人になったばかりのときに、それまで本なんて数えるぐらいしか読んだことがなかったから「社会人になったんだから小説ぐらい読んでみよう」とか「会社で好きな本を聞かれたときに答えられるようにしよう」とか(ちなみに会社で好きな本を聞かれたことなんてない)そんな理由で小説を買ってみようと思った。

そのときに書店に行って目に入ったのが「グラスホッパー」というタイトルと表紙だった。著者名に「伊坂幸太郎」と書いてあって、そういえば学生の頃に友達が「伊坂幸太郎はいい」って言っていたのを思い出したのでこれを買ってみた。

読みはじめて少し経つと本の世界に入り込む感覚を覚えた。そのときは免許の更新で免許センターにいた。免許センターにいたんだけど本を読んでいる間は本の中にいた。「本に入り込む」ってこういうことか!っていうのがわかって嬉しくなって夢中になって本を読んだ。いつでもどこでも本を開いたらその中に入れるようになった。それからは出版されている伊坂さんの本を1つずつ追いかけていった。 

タイトル「3652」の意味

この本は伊坂さんのデビュー10周年を記念して出版された10年分のエッセイをまとめた単行本を、デビュー15周年を記念して+5年分を追加した文庫本。タイトル「3652」は365日×10年にうるう年2回分を足した数を表している。

「3652」を読んだ感想

伊坂幸太郎さんはエッセイが苦手

最初いくつかのエッセイを読むと、「あれ?」という感じになった。僕は伊坂さんの小説の中でよく出てくる洒落た会話や洒落た冗談が好きだったのでそんな感じを期待して読むと、大変失礼なんだけど「意外と普通だなー」とか「あんまりうまくないなー」とか思ってしまった(何様だ)。エッセイ集というと小さい頃に大好きだったさくらももこさんのエッセイ集ぐらいしか読んだことがなかったんだけど、さくらももこさんみたいな読みやすくて大笑いできるようなものではなかった。この本のあとがきでも語っているように伊坂幸太郎さんはエッセイを書くのはあまり得意ではないみたいだ。だからエッセイ執筆の依頼が来てもできるだけお断りしているらしい。同じ執筆活動でも小説を書くのとエッセイを書くのでは使う力が全然違うんだなーと思った。

にじみ出る伊坂幸太郎さんの人柄

それでもエッセイを読み進めていくうちにじわじわと伊坂さんらしさが感じられてきてはまっていった。この人はとても謙虚な人だ。文章のところどころで「他の人を立てて自分を下げる」みたいな日本人らしさを感じた。

この本は年ごとに章が区切られている。親しい記者からの依頼で年のはじまりにその年の干支をテーマにしたエッセイを毎年寄稿することになったらしく、年のはじめには必ずこの干支エッセイが載っている。伊坂さんはこの干支エッセイを書くのが毎年苦痛で仕方なかったらしくて毎年毎年干支のネタを求めて動物園に行ったりその動物の本を読んだり、ネタを探して四苦八苦している様子がおかしかった。だから読み進めていくうちに「伊坂さん次の干支エッセイ大丈夫かなちゃんと書けるかな」と心配しながら楽しめた。

丁寧な解説

 エッセイのところどころに注釈が付いていて、その部分についての解説が書かれている。例えばエッセイの中に「ある小説を書いている」とあればこれは「重力ピエロ」のことですねとか、具体的に教えてくれる。これまでの伊坂作品を読んでいる人であれば、「あの作品はこの年に書かれたのかー」とか「あの作品を書いているときはこんなことがあったのかー!」とか「こんなことを考えていたのかー!」とか、好きな作品の裏話を覗けるので嬉しい。例えば「砂漠」にやたらとラモーンズというバンドの名前が出てくるんだけどそれを書いているのはラモーンズのボーカルが亡くなってショックを受けた時期だったからとか。「アヒルと鴨のコインロッカー」でブータン人が出てくるのは子供の頃に家族で行った旅行先がブータンだったからだとか。作家さんって自分の身の回りで起こった出来事をフィクションの中に普通に突っ込んでたりするんだなーというのがわかっておもしろかった。小説を読んでいて「なんでこの話入れたんだろう?」とか「なんでこういう設定なんだろう?」っていう部分が出てきたらそれってたぶんその作家さんが強く影響を受けた出来事なのかもしれない。

伊坂幸太郎さんが影響を受けた人・本・映画などが知れる

伊坂さんが最近読んだ本や若い頃に影響を受けた本や作家さんを知ることができる。

例えば、伊坂さんのファンならよく知っていると思うけど伊坂幸太郎作品では「ある作品の登場人物が他の作品の脇役として出てくる」ことがある。(この仕掛け、昔読んだ好きな小説のキャラクターに再会できたみたいでファンにとってはすごく嬉しい。)この仕掛けは伊坂幸太郎さんがあみ出した技だと思っていたんだけど、これは島田荘司さんや夢枕獏さんの作品で使われているものでそこから影響を受けたということを知った。

他にも伊坂作品に「殺し屋」がよく出てくるのはローレンス・ブロックの殺し屋ケラーシリーズに強く影響を受けたからだとか。

伊坂さんの個性だと思っていたもののバックグラウンドが次々に見えてきて「そーだったんだ!」って種明かししてもらえるような楽しさがあった。

あとは伊坂さんは小さな頃熱心にドラえもんの漫画を読み込んでいてその影響を受けていることとかものすごく親近感を感じて「うおー僕も一緒だよ!ドラえもんめっちゃ読み込んでたよ伊坂さん!」って興奮した。

 1番好きな話

このエッセイ集の中でも1番好きだったのが「いいんじゃない?」という話。伊坂幸太郎さんはもともとシステムエンジニアとして働いていて(自分と同じシステムエンジニアという仕事をしていたというのも伊坂さんを好きな要素の1つ)最初の「オーデュボンの祈り」を出した頃にはまだ兼業の状態だった。

会社の大きなプロジェクトが終わって仕事が落ち着いた頃、通勤バスの座席で聴いていたお気に入りの曲(斉藤和義さんの「幸福な朝食 退屈な夕食」)のフレーズに頭を殴られて、会社を辞める決心をしたそう。

奥さんが何と言うだろう、という不安の中、伊坂さんは決断を告げた。

 帰宅して、僕は、「会社を辞めて、小説頑張ってみようかな」と彼女に打ち明けました。

 「いいんじゃない?」というのが彼女の返事でした。投げ遣りでも、重くもなく、軽やかだったのをよく覚えています。

(2006年「いいんじゃない? 」p199)

この奥さんの雰囲気が伊坂さんの小説に出てくる芯のある女性(「グラスホッパー」の鈴木の奥さんとか)と似ていて、「あの登場人物は奥さんがモデルだったんだろうな」とか「お互いのことすごく信頼しているんだろうな」っていうのが伝わってきて感動した。

伊坂幸太郎熱が再燃した

伊坂幸太郎さんの文庫化された作品はほとんど読んでいたんだけど、最近の作品は、昔の作品みたいにいくつもの伏線が最後に次々に回収されていく爽快感とかどんでん返しみたいなものがあるわけではなくて、淡々と話が進んでいく物語を味わう作品であったり、理解をするのが難しい作品であったりが多かったので正直伊坂作品に対する熱が冷めていた。

だけどこのエッセイ集を読んで、こういう思いであの作品は書かれたんだというのがわかると、評判があまり良くないから敬遠していた作品も読んでみたいと思った(「SOSの猿」とか)。「重力ピエロ」の本の装丁に対する思いなんかも書かれていて昔の作品も再読したくなった。

まとめ

又吉直樹さんの「夜を乗り越える」を読み、さらに伊坂さんのこのエッセイ集を読んで、作家さんってやっぱり沢山の本を読んでいて、読者と同じように他の作家や本のファンで、それが自分達の作品に大きな影響を与えているんだなーということがわかっておもしろかった。

この本は伊坂幸太郎さんの作品を追いかけてきたファンの方、「最近、伊坂幸太郎おもしろくないなー」と思っている方におすすめです。きっと伊坂さん熱が再燃するはず!